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臨時休校の長期化を見据えて高校が打つべき一手

はじめに

 小中高の校種を問わず、4月最大の仕事は「関係性の醸成」だ。高校でも、4月はあらゆる機会を通して、教師と各生徒、各生徒とクラス集団、教師集団とクラス集団、学校と保護者‥等々、様々な分野、様々な階層で「学びに向かう」ための関係を結ぶ。この関係性に支えられてこそ、より多くの生徒が学びに勤しむことができる。

 

 特に重要なのは、新1年生だ。ここで失敗すると、卒業まで尾を引く。しかも、いちど失敗すると立て直すのは極めて困難。だから、その差を経験的に熟知している教師ならば、1年生の4月は「関係性の醸成」に全力を注ぐ。

 

 ところが今年度は、その時季に再度の臨時休校だ。始業日は、 4月8日から4月20日、そして 5月7日へ、というような形で順延になった。未だ「ここからなら巻き返せるかもしれない」という可能性にすがる向きもあろうし、期待通りに運んでくれれば救われる。しかし、そうではない将来を覚悟せざるをえない見通しも報じられつつある。

 

 2~3年生は、これまでに築いた関係性を土台に遠隔指導を進めていける余地もある。そして、新クラスよりも機能するのは部活動の集団だったり、新クラスの担任よりも生徒に影響力を発揮しうるのは部顧問だったりするのでは?と思ったりもする。いずれにせよ、在校生については「既に機能している関係性」にすがる手もある。

 

 問題は新1年生だ。5月7日の再開でも苦しいが、これが6月にずれ込んだ時には、もはや従来のレベルで運営するのは無理だ。ましてや7月までずれ込んだ時には‥。

 

今回、何が起こっているのか?

 多くの公立進学校の場合、学校が生徒と結んだ関係性は、メッキを剥がせば「学校のご都合」による部分が大きかった。わが子の大学合格という大義を掲げれば保護者は逆らえないし、管理職など影響力の強い教職員が「進学実績こそが地域の期待」と言い切れば、一般教員は逆らえない。それを錦の御旗に校内(教員集団や生徒集団)をまとめるのが、いちばん楽なのだ。

 

 今日、見逃してならないのは、これまではそうした関係性を確立する環境があった点だ。学校が「進学実績のために偏差値向上を」という価値観を生徒に浸透させる上で有効なのは、ノイズの影響を食い止めるべく、校外の世界から遮断することだ。そしてそれには、受験補習や部活動など、生徒を学校の影響下に囲い込めばよい。

 

 もしかしたら、そうした関わりは教師の善意だったかもしれない。だとしても、結果的には、生徒を学校が信奉する価値観で染め上げる点では機能した。そしてその裏面は、地域の声がほとんど届かない閉鎖性や硬直性であり、地域とはリアルな関係性を紡げない高校生活だ。

 

 そこで突きつけられたのが、今回の臨時休校だ。意識づけや関係性強化を徹底しようにも、生徒を学校に囲い込むことができない。いや、それどころか、生徒を登校させることさえできない。生徒が校内にいれば、厳しい指導を通して従わせることも可能だが、今日それはできない。

 

 要するに、教師は今「手足をもがれた状態」なのだ。なのに、各教科の授業だけは進めなくてはならない。いくらかは機能しているとも聞いている。しかし、これまでのようには徹底できず、遠からず、それゆえの綻びが生じる事態は避けられない。

 

今後どうすればよいのか?

 オンラインという「アウェイ」にあっても、教師が地に足をつけて教科指導等を展開していけるよう充足したいのは、生徒たちを「学びに向かうコミュニティ」の一員として組織化された状態だ。しかし「校内で・生徒だけを」組織化するのは無理な状況にある。

 

 そこで手を組む候補として挙がるのが、保護者や地域関係者だ。たしかに、平時には土俵も文脈も共有しにくかったが、さすがに今日は「コロナ危機をどう乗り切るのか?」「どんな力をつけることが必要なのか?」リアルな共有が可能だ。

 

 そして、土俵や文脈を共有できれば、その方向で生徒たちに関わってもらえる。生徒の居場所が家庭や地域なのだから、保護者や地域関係者が学校とは全く別の土俵や文脈で関わるのか、同じ土俵や文脈で関わるのかの差は、非常に大きいものがある。

 

 何より、学校と同じ方向で、学校の教科やキャリア教育に関連性の深い学びを提供してもらえれば、学校として、これほど心強いことはない。

 

 それには当然、保護者や地域関係者との丁寧な対話が必要だ。通常、それには莫大な時間や手間を要するが、今そのハードルは大幅に下がっている。このチャンスを活かさない手はない。

 

 また、その優先順位は高い。それは「保護者や地域関係者のサポートなしで、学校独自の文脈で生徒と関わり、アウェイのオンラインで指導をする」のと、「強力なサポートがあって、見えないところで学校と共通の文脈で関わってくれる素地の上に、オンラインの指導をする」のと、教科指導が生徒に響くのはどちらか、差を考えてみれば分かる。丁寧な対話は、少なくとも今は「割に合う」のである。

 

 この期に及んで対話を拒み、「現役国公立」等と叫んでいては、もはや笑いものにしかならない。

 

おわりに

 非常事態宣言や臨時休校が長期化すると、進学校はどのような影響を受けるか、補足しておこう。

 

 今年度、おそらく模擬試験は機能しない。控えめに予想しても、学校再開が遅れるであろう大都市圏のデータが揃わない事態が予想される。その先、感染が収まらず「三密」を回避すべき必要性に変わりがなければ、センター試験に代わる共通テストは実施できない。私立大学も含めた一般入試も同様だ。

 

 他方、探究に力を入れてきた高校は、2年生の終わりに突如の臨時休校に入る前に十分な活動を終えているので、総合型選抜や学校推薦型選抜に難なく合格していく。「探究なんかやっていたら点数を取れなくなる」と疎かにしていた学校は落ちまくる。

 

 それ以上に深刻な要素として、家計が窮して進学できない生徒が多発する。必然的に「高卒でも社会でやっていけるように実力を育むべき」という世論は高まる。

 

 これらの事態が目前で起こっている時に「大学入試に合格するために点数を」等という意義づけは可能だろうか。

 

 しかも、リアルな高校の魅力である部活動は成立しない。オンライン授業なら、始めからN高校の方に入学したほうがよい。それが露呈すると、今年度中にN高校へと転校する高校生が現れるだろうし、現中3生の相当数は始めからN高校を志望するだろう。

 

 それを食い止めることができるか否かは、一つは「オンラインによる学びの質を保障できるかどうか」、もう一つは「保護者や地域関係者と土俵や文脈を共有できるかどうか」にかかっている。この潮流を見誤った先にあるのは、高校のメルトダウンである。

 

 以上は、もはや「5~10年先」の話ではない。早ければ、半年先には顕在化する話だ。舵取りを誤って高校を潰すことのないよう、ぜひ、学ぶべきことを学び、然るべき手立てを講じていただきたい。